もっしーなろぐ

軽度知的障がいとASDを持つ二人の子どもの母であり、障がい児・者支援分野で働くNsであり、夫と共にローン返済に翻弄するアラフォーの雑記ブログ。最近は子どもの教育やダイエットを中心に呟いています。

軽度障害児のいじめ問題③良い子の見えない手口

はて。

我が子のいじめ問題について書くって、なんか疲れますね。

エネルギーが削がれる感じがする。。。

気持ちを盛り上げようと、このカテゴリーのエンディングテーマ曲なんかをつけちゃいました。

その結果、こっ恥ずかしくなり余計自分にダメージを与える始末。

中二病か!!

思春期の特性やいじめ問題について、仕事で勉強する必要があり色々研究論文を読み漁りましたが、

その経験が我が子のために役立つことになるとは思いもよりませんでした。

このカテゴリーは、道を踏み外すとただの恨み辛みの愚痴カテになりそうですが、

そんなんで終わらせるつもりはありません!

っていうかいまさらそんなもん言いたくないし。

一応最終的には、「家庭でできるいじめ対策」みたいなものを作りたいなーと考えてやっております。

 

・・・そういえば私は元々本業は看護師だったような?

いや、いまも副業で看護師として在宅支援もしていますが。

障がい児者支相談支援員であり看護師であり、発達心理系論文大好きで・・・

私は一体何者なのか・・・

思春期に自分自身を模索するようになるというけど、こんな感じなのかな~。

と思いながら

ちゃうか~

と即一人ツッコミをしている今日この頃です。

 

そんなこんな言ってますが、実は4月に異動することになり

障がい児者相談支援員じゃなく、障がい者病棟ナースに戻ることになりました!

だからいまとっても慌ただしいです。

ひー、大変だからってブログ投げ出して

恨みつらみトピにならないように気を付けなきゃ!!

 

同学年児童からのいじめ

さて、では本題に入りましょう。

今回は入学時から卒業まで続いた件についてのお話です。

 

でも思い返してみたら

大分前にこの件については記事にしてるんですよ。

入学してすぐに

絵に描いたようなイイ子が1番っ子の「お友達」になりました。

この子は比較的近所に住んでいました。

この時期のお子さんは、

近所とか同じ園出身みたいな

自分と同じような属性の子をお友達として求める傾向にあります。

相手の性格とか趣味とかからお友達要素を求めるようになるのは

もう少し経ってからです。

その為この子が入学してすぐに

クラスメートとして1番っ子に興味を示したことは

ごく自然なことだったのかもしれません。

当時私は障がい者支援病棟で看護師として土日祝日関係なく、日勤・夜勤をこなす生活をしていました。

有りがたいことに、当時の上司は1番っ子の入学に理解を示してシフトを作ってくれました。

どんなかというと

月曜は夜勤明け、火曜は休み、水曜は夜勤入り、木曜は夜勤明け、金曜は休み、土曜は日勤、日曜は夜勤入り

というスケジュールが基本でした。

そこに使わず取っておいた有給を平日にぶっ込んだり・・・

夜勤明けの朝だけはマイダーリンが仕事の予定を合わせて、

1番っ子の登下校は親が付き添えるようにしていました。

当時の私は

勤務しているはずなのになかなか会えない常勤として

隠れキャラ的な存在になっていたそうです。

当時の先生も理解を示してくださり、登校を見送り帰宅しようとする私に

「心配でしたら授業風景を見ていていいんですよ」

とよく声をかけてくれました。

だからお言葉に甘えてちょっとだけ毎回見学していました。

あまり長居すると迷惑だろうし2番っ子も連れていたので本当にちょっとだけ。

私の印象としては

件の子はハキハキよく話し、礼儀正しく、年齢以上にしっかりとして見える

いわゆる優等生タイプでした。

ただ、1番っ子に話しかけているのに大人の顔を見ていることが多く、

常に大人の視線を気にしているような様子が見られました。

いま考えてみれば、近所という条の他に

普通級にいながら支援級の先生が付き添っているという事実が

1番っ子への興味をより強くしたのかもしれません。 

 

そして1か月も経たないに少しずつ様子が変わり始めました。

この子はいつも学校では1番っ子を見かけると笑顔でで寄ってきて話してくれていましたが、

学校外では手をふったり挨拶にも顔を背けて足早に去って行くようになりました。

人気児は他者から好かれることが多い故に, 自分が好きでない相手から好意を持たれ,接近されることもあり得る。そうなった時に,その人物との関わりをなくす自的で関係拒否の諸行動をとるものと考えられる。

https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=35703&item_no=1&attribute_id=17&file_no=2&page_id=13&block_id=83

近所に住んでいて親近感を感じたり先生がよくそばに付いている1番っ子に興味を持って近づいてきたものの

関わってみると会話や返答がスムーズに出来ない1番っ子を見て

「思っていたのと違う」「一緒にいたくない」と思うようになってきたのかも。

だから避けるとかしてフェードアウトしようとしているのかな?

まだこの時期の友人関係は変動的だから気にすることはない。

小学校生活は始まったばかりだから、と思っていました。

 

なにかがおかしいと気づいたのはゴールデンウィーク明け。

下校時に迎えに行くと件の子と他の子が「一緒に帰ろう」と1番っ子に声をかけるのですが、昇降口から正門までの間に「ゴメンねー。やっぱり一緒に帰らない~」「今日一緒に遊ぶ子とだけ帰る~」みたいな

色々な理由をつけて1番っ子を残して走って逃げるようになりました。

1番っ子は毎回驚きながら泣いて追いかけていました。

そんな1番っ子を私も追いかけたかったのですが、すでに巨大児だった2番っ子がいて置いて行くわけにもいかず、結果1番っ子から引き離されてしまいました。

その場で何とかしたいけど出来ない状況でした。

それでも急いで帰宅すると家でソファに顔を埋めて泣いている1番っ子。

 

同じ行為が続いたので数日後に何とかして捕まえて

その子達に「一緒に帰る気がないのに誘うのはおかしい。これはいじめだよ」と伝えると、その行為は一旦収まりました。

 

しかしその後は帰宅後に件の子は「外であそぼー」とやって来るようになりました。

下校時に走って一緒に逃げていた子とは違うお友達を連れて。

様子を見守りたいけど2番っ子はお昼寝中だったためついていけません。

お誘いに喜んで出ていった1番っ子でしたが、一時間後には泣いて帰ってきて

「くやしい」と泣いていました。

この頃の1番っ子はまだお話が上手に出来なかたので詳しくは分かりませんでしたが、

「同じ幼稚園じゃないから、やっぱり遊びたくないって言われた」と。

 

いじめの定義と攻撃の種類

いじめの定義は様々ですが、2006年度から文科省は

①当該児童生徒が一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより

②精神的な苦痛を感じているもの

③起こった場所は学校の内・外を問わない

としています。

また、いじめ研究で国際的に知られているOlweus(1995)は

「ある生徒が、繰り返し、長期にわたって、一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合は、その生徒はいじめられている」

とはっきり定義しています。

  

そしてこの件の様態は、あきらかに「関係性攻撃」でした。

関係性攻撃とは,「意図的な操作や仲間関係にダメージを与えることによって,他者を傷つける行動」と定義された攻撃行動である(Crick  &Grotpeter, 1995)。具体的には,無視や仲間外れ,噂を流すといった,いじめに特徴的な形態をとる攻撃行動を指す。この関係性攻撃は,加害・被害の立場に関わらず,心理・社会的不適応と関連することが示されており(Crick, Ostrov, & Werner, 2006; 岡安・高山,2000),子ども達の心身の健康に関わる重要な課題である。

http://coder.or.jp/hdr/25/HDRVol25.21.pdf

関係性攻撃は児童期から安定して現れる行動の一つです。

しかし幼児期からすでに顕著に確認されるいじめ行動でもあります。

関係性攻撃 を行 う幼 児は 関係性攻 撃 を 行わ ない 幼児 よ りも,共 感性
の 中で も相 手の 感情 を推測する 得 点が高 く,状況 に よ らず攻撃 は悪 い と判 断 して い る こ とが 明 らか とな った 。そ れ ゆ え,こ の 結果 は,関係性攻撃 を多 く行 う幼児 の 社会 的能力が 高い こ とを示 唆 す る もの で あ る。

関係性攻撃幼児の共感性と道徳的判断,社会的情報処理過程の発達研究

⇧⇧⇧から、幼い段階で関係性攻撃を行う子は、

・相手が傷つくことを十分に理解した上で行っている

・相手を傷つけることは悪いことだと分かって行っている

・社会的能力が高い

という特徴を持っていることは容易に想像出来ました。

そして件の子は「大人の目が離れた途端に仲間外れ」を得意とするタイプだということは明らかでした。

厄介だなー。

1番っ子もいい加減そろそろ学んでよー。

とうんざりする私。

仲間外れをされるたびに1番っ子は泣いていました。

でも相手の子は1番っ子と対峙するときはいつも笑っていました。

今日的ないじめには,加害者の罪悪感が薄いものが多い。いじめる原因や根拠は不明であり,単に遊びがエスカレートしたようなもので,集団の中で生じるいわゆる「ノリ」によって発生していることが多い。したがって,もしも教師に見つかったとしても,簡単に言い逃れができる。加害者は「遊んでいただけ」と言い,被害者は「何でもない」と言う。

 http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7769/20110207071105/kenkyu2010330304.pdf

 

取り敢えず先生に伝えてみる

 支援級の先生には、ある程度は連絡帳で伝えていました。

「注意して様子を見ます」

と返事をくれる先生。

でも学校からは

「今日も仲良くやっていました」

というお返事が多かったです。

小学校低学年頃のいじめは本格化されることはないと言います。

そして大人から見えるところで行われることが多いです。

実際私の前で堂々とされていたし。

しかし下校時や放課後に行われていたことを考えると

「先生の目」を意識し避けることはこの時期からすでに可能なのかもしれません。

 

先生が注意して見てくれていたことに嘘はないと思います。

相手がまだ幼い子どもであるということ、誰から見ても一目で「残酷」な行為だと分かる形で行わていなかったこと、先生の前では仲間外れをしないこと、例えその様な素振りがあったとしてもただの遊びなのかいじめなのか判別が難しい程度の行動の繰り返しだったことが

この問題への介入を難しくしてしまっていたのでしょう。

関係性攻撃は,人間関係を重視する人々にとって特に有害であるにも拘らず,非言語的な仕方や蔭で操作することも少なくないため,言語的攻撃や身体的攻撃より目立ちにくく (Bauman& Del Rio, 2006).教師による介入が困難な攻撃行動である。

https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=35703&item_no=1&attribute_id=17&file_no=2&page_id=13&block_id=83

 

今日的ないじめは,教育現場の教師の指導力がないために起きるというような単純なものではない。教師は犯罪(非行)に該当するような残酷ないじめの防止については,迅速に対応している実態がある。しかし,その犯罪といじめの境界線は,暴力系のいじめを除いて曖昧であるため判別することが難しい。

http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7769/20110207071105/kenkyu2010330304.pdf

⇧⇧⇧から思い起こしてみると、①のケースも全体的に関係性攻撃でなかなか終わらなかったです。

こちらは学年集会でいじめについて注意こそされたものの

水面下で翌年まで続いていました。

しかしそれとは反対に「銀ピカハサミ事件」は、翌日の夕方には解決していました。

 

有給を使い果たした私は、午前は仕事、午後は公休扱いにしてもらって少しずつ登下校の付き添いから離れ始めました。

件の子から「一緒に登校しよう」と声をかけられていましたが、以前あちらのお母さんに教えていただいたメールアドレスに、やんわりと私が目撃したことを伝え、朝は別々の方がいい。

申し訳ありませんが、うちの子の登校時間に合わせずに学校に行ってください。

と伝えました。

ご近所さんですし、このお母さんはとても社交的で顔の広い人でした。

これから6年の付き合いを考えると波風立ててはいけないと思い、何故かこちらが謝るような文章を書いていました。

マイダーリンはお仕事の関係上、

もう下校に付き添うことはできなくなっていました。

仕事が終わってから2番っ子を保育園に迎えに行き

家に到着するとちょうど下校時刻です。

それから学校へ向かうと、途中で1番っ子に会うという日が続きました。

ある日、その道中で

約一ヶ月ぶりに目撃しました。

「やっぱり帰らない」と笑いながら走ってくる彼ら(そのときは三人)とそれを泣きながら追いかける1番っ子を。

彼らは放課後のいじめに味をしめていたのかもしれません。

 

 

私は執拗さにうんざりすると共に怒りが沸いてきました。

そして彼らに「いい加減にしなさい!先生が見ていないのならいじめをしていいと思っているのか!」みたいなことを怒鳴りました。

そしてそのままの勢いで泣いている1番っ子の腕をつかみ、1番っ子にも怒ってしまいました。

「泣いているあんたを見て楽しむようなやつは友達でもなんでもない。こんなのただのいじめだ」

でも1番っ子は私の声など届いていないかのように

「一緒に帰ろうって言われた!」としゃくりあげながら怒っていました。

私が母親だとすぐさま気づいたのか、他の二人は1番っ子に駆け寄ってきて「ごめんね」と何度も謝ります。

しかし件の子だけは距離を取ったまま1番っ子に向けて「ごめんね、やっぱり一緒に遊ぶ子と帰ることにしたんだ。君とは遊ばないから帰れなくないんだー。ごめんねー」と大きな声をだし、

他の二人を手招きしていました。

その二人は返事をせずに一生懸命首をふって

口パクで「やめろ」と言っていました。

 

1番っ子の反撃が問題化

それから、1番っ子から叩かれたと件の子が普通級の先生に訴えるようになり、

先生と子どもたちで話し合いの場が持たれるようになりました。

それまでの行為での話し合いはなかったのに

この訴えはあっさりと問題として受け入れられました。

犯罪といじめの境界線は,暴力系のいじめを除いて曖昧であるため判別することが難しい。

http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7769/20110207071105/kenkyu2010330304.pdf

1番っ子は幼児期はもともと手が出やすい子でした。

でも「お友達」という存在に憧れ、

真面目に頑張れば、我慢すれば、みんなと一緒になれると信じていた1番っ子。

支援級の先生からは「普通級の授業もきちんと着席して先生の話を聞いています」

「積極的に発言をしています」

「ちゃんとルールを守っています」

とよくおほめの言葉を頂いていました。

ビックリしたのが

「どうしたらこんなにいい子に育つんですか?」と言われたことです。

なんのこっちゃさっぱり分からなかったのですが、それだけ1番っ子は必死に頑張っていたのだと思います。

「頑張って小学生になりたい」

と入学後もよく言ってましたから。

もう小学生になってるっつーの。

 

でもそれももう限界でした。

 

ある日、学校公開日に初対面のママさんたちに真顔で声をかけられました。

件の子のお母さんから、「(件の子)がお世話係をさせられていると聞いた。かわいそうだと思わないのか」「そんなことをさせて、迷惑をかけているという認識はないのか」

と。

1番っ子を「お世話をしている子」がいるなんて聞いたこともありませんでいた。

件の子とは別に支援級の同級生に仲良しの子がいたので

いつもその子と一緒にいると先生から聞いていましたし。

どんなお世話をさせられているのですか?

うちの子は生活動作は全て自立しています。

時計を見て行動もできます。

順番も守れます。

パニックも起こしません。

支援級の先生がついてくれています。

普通級のレベルについていけないときは支援級で授業を受けることになっています。

そのお子さんによるお世話とはなんのことですか?

聞いても

「それは分からないけどあちらのお母さんは困っている」とだけ言われました。

 

いじめ行為の「正当化」

「お世話行為をさせられている子がかわいそう」

「そんなことをさせられて、あちらのお母さんは困っている」

私たちこそが加害者であるかのように思えて、

あのママさんたちの言葉は何日にも渡り私の心に重くのしかかってきました。

保護者間トラブルの体もあるので、この件はさすがに先生に相談する気にもなれず・・・

私の頭はグラついていました。

 

後日、支援級の先生から私の携帯に電話がかかってきました。

 

「(1番っ子)さんから聞いていませんか?今日また(件の子)を叩いてしまって話し合いをしたんです」

 

またか。

もう疲れていました。

①の問題も同時進行で起こっていたので、

やはりうちの子がおかしいんじゃないかと。①の子たちにも「キモいからこっちに来るな」と言われていた1番っ子。

きっと私が分からないだけで、周囲によっぽどの不快感を与えているんじゃないかと。

障がい児だから迷惑をかけてみんなを困らせているんじゃないかと。

それともいるだけで良くないってことなのかな?と。

私がこうやって頭を抱えているのも1番っ子のせいだと。

そう考えてしまった私。

1番っ子に対する漠然とした怒りが沸々とこみ上げてきていました。

 

先生は、私のそんな考えには気づいていなかったはずです。

でも

「(1番っ子)さんは理由もなく暴力をふるう子ではありません」

と私に断言しました。

 

件の子にお世話係をさせていたと聞いたとき、にわかに信じられませんでした。

支援級の先生も普通級の担任の先生も本当に真っ直ぐで一生懸命でした。

1番っ子のためにも他の子のためにも、

そんなことをさせて知らんぷりだったり気づかないことがあるなんて

到底思えませんでした。

私は1番っ子に幼稚園に入る前から自分のことは自分でやりなさいと口うるさく言ってきました。

実際に手助けもしませんでした。

見た目以上に幼稚な中身。

それでも幼稚園時代も、毎日の園生活の準備は自分でするように促し

私はお弁当の中身を詰めるくらいしかしませんでした。

 

君には思いどおりに動かせる手足がある。

繰り返しやれば覚えられる頭がある。

やり方さえ分かればできるんだから、

教えるから

何ができないか、母さんちゃんと考えるから

無理なことまでやりなさいなんて言わないから

出来ることは自分でやろう

 

ただ、1番っ子に「自分はできる」と実感してほしかったのです。

 

過保護な養育態度は、子どもの自分自身への不安感を強くすると言われています。

ひとにやってもらうことが当たり前になると、自分でやることに不安を感じるようになる。

自分はできないと思い込んでしまう。

自分を信じる力を失せてしまう。

自分に自信がないと他人に否定されるのではないかと怖くなり

ひとの関わりも避けるようになっていく。

漠然とした孤独感に包まれる。

  

1番っ子の支援級入級は私が独断で決めました。

マイダーリンも親戚も私に考え直すように言ってきました。

「支援級に入れたらかわいそうだ」

実親からも止められました。

軽度障がいだから「まだ小さいから大丈夫」「ちゃんとできてるのに」とみんな言っていました。

でも私は物心ついたときから障がいを持つ人たちが身近にいました。

家族の養護学級のお友達がアポ無しで実家に遊びにきたときは、いつも私が相手をしていました。

最重度障がいの家族は一緒に遊べなかったから。

あのとき、

私は楽しかったですよ。

 

私には分かりませんでした。

支援級の何がかわいそうなのか。

何が大丈夫なのか。

どうしたら大丈夫じゃないのか。

こんなに自閉症や知的障がいのサインが1番っ子から出ているのに、みんなは分からないなんて。

 

本当は物分かりのいい優しいお母さんでいたかった。

「君のことは一生あ母さんが守ってあげる」と誓った時のことを

今でもはっきり覚えています。

 

でも生まれ育った実家の現状を、周りにいた人たちのことを知っていたから

そんなこと無理だって分かっていました。

 

社会の残酷さの根は深いです。

子どもの世界だけじゃありません。

大人の世界だって、

障害者雇用を掲げている職場だって、職員のなかにはあからさまな嫌悪感を示す人なんて普通にいます。

世の中や組織の理念がどんなに立派に生まれ変わったって

一個人の考えはそう簡単には変わらない。

軽度障がいなら、この子にはいつか

自分に障がいがあると気付く日が来る。

そのときに傷ついてほしくない。

自分にガッカリしないでほしい。

世間との違いに絶望しないでほしい。

 

そのときために

自分を信じれるようになってほしい。

普通級とか支援級とか、そんなことのためじゃない。

私は1番っ子に

自分を信じることができる力をつけさせたかった。

 

それなのに私は、

この子を信じることをやめようとしていました。

 

私はなんてことをしようとしていたんだろう。

先生の話を聞いて

私は自分自身にガッカリしました。

 

先生はその後も話の続きをしてくれました。

件の子は話し合いの途中から

「こっちができることを(1番っ子)はなんでちゃんとできないの?そんなのおかしいよ」

と主張したそうです。

それに対して1番っ子は

「ちゃんとしたいんだけど、頭がバカになっちゃってできないんだ。こんな自分、もう嫌だ」

と、その場で大泣き。

いじめ行為の正当化に1番っ子は

いとも簡単に追い詰められ、自分自身を否定していました。

 

先生は1番っ子に悲しい思いをさせてしまって申し訳なかったと

何度も私に謝っていました。

 

いいえ。

先生は証拠がないのに1番っ子を信じてくれました。

ありがとうございます。

それだけで十分です。

私もこの子を信じます。

 

先生は「理由もなく暴力をふるう子ではありません」と断言してくれました。

そうです。

1番っ子は、昔から手が出やすい子ではありましたが

「売られた喧嘩を買う」ことはあっても

「自分から喧嘩を売る」タイプではありませんでした。

何もなく自分からいきなり暴力を振るうようなことはしません。

 

能動的攻撃といじめ

攻撃行動は生起メカニズムの観点から注目した場合

・反応的攻撃

・能動的攻撃

の2つに大別することができます。

「反応的」は、知覚された脅威によって引き起こされ、怒り情動を伴う衝動的な攻撃行動です。

一方「能動的」の方は、何らかの目的を達成する為に手段として使用される自発的な攻撃行動だと定義されています。

1番っ子が人に向ける行う攻撃はいつも怒りを伴い衝動的な行動。

つまり何らかの脅威を向けられ、それを知覚した結果行うものでした。

 

いじめは能動的攻撃です。

そこに根拠となる情動はありません。

そして加害者は複数おり、集団を構成して行われることが多いです。

一緒に実行する仲間を作れば作るほど

「責任の所在を不明確にする」と共に「いじめ行為を正当化」しやすくします。

また仲間が多ければ多いほど「個人がいじめによって与えた被害を少なく見積もる」ことも可能にします。

そして被害者・加害者以外に傍観者・観衆とも増えていき、その構造を複雑にしていきます。

それがさらにいじめによる損害への気づきを自他ともに希薄にさせてしまいます。

それが冷淡さや陰湿さを加速させるのです。

 

 いじめの理由は

「制裁型」「享楽型」「異質性排除型」

の三種類に分類することができます。

このうち「制裁型」の行為は

周囲からいじめとして認識されにくい傾向が顕著です。

また小学校低学年頃は発達段階の特徴から

「悪いとされた子どもへの一方的制裁行為」

がいじめ行動の特徴であると言われています。

  

暴力のない関係性攻撃の場合、

その問題性の認識は自他ともに軽くなりがちです。

まだ小学一年生です。

そして「優等生の鏡」の様な子です。

対照的に、誰の目にも分かりやすく衝動的且つ怒りでもって反応的攻撃をして、

その根拠となる原因を自分の言葉で説明することが困難である1番っ子。

当然、第三者から見ても決して見逃すことのできない問題児でした。

  

「制裁」は、いじめ行為を「容認」し「正当化」するには簡単な方法です。

「反撃」であっても認めない。

被害者を追い込むことは簡単です。

いじめ行為の正当化の怖さは、“加害者本人やいじめを取り巻く者のみならず、ときに被害者にさえも、いじめ行為の正当性を認めさせる”ところにある。このような場合、被害者と加害者との間に支配一被支配の関係がつくられやすく、いじめ行為に歯止めがかかりにくくなる。

http://www.js-cs.jp/wp-content/uploads/pdf/journal/09/cs2003_03.pdf

この意味を、このときにもっとしっかりと考えていれば

未来はまた少し違っていたかもしれません  。

 

平穏な日々の中の「気づき」

二年生になると件の子とは違うクラスになりました。

うちの地域の小学校は毎年クラス替えがあり、担任の先生も変わるシステムです。

支援級もそれは同じ。

そんななか1番っ子は支援級の同級生と「親友」と呼べる間柄になっていました。

この先親友とは普通級でもずっと同じクラスでした。

学年が変わっても毎日笑い合ったりぶつかり合ったりを繰り返しながら、毎日を楽しく過ごしていました。

お陰さまで三年生でギャングエイジ期が到来。

四年生のときに一年次の普通級担任の先生が支援級に異動してくるビックリ人事がありましたが、1番っ子はすごく喜んでいました。

その先生も年度末に他校へ異動してしまいましたけど。

五年生になりましたが、支援級の担任の先生は相変わらず。

この先生は支援級でずっと1番っ子の担任のままでした。

支援級でもほとんどの子が毎年担任は変わるものですけど、なんでだろう?

これまで件の子と同じクラスになることはなく、関わることもなく学校生活を送ることができていました。

もしかして先生が陰ながら守ってくれているのでは・・・?

確信はないですが、うすうす感じていました。

   

『再開』のはじまり

いよいよ六年生になる直前の三月、ずっと陰ながら見守ってくれていた先生が

他校へ異動することになりました。

「くやしい」とソファに突っ伏して泣いていたあのときから

私に涙を一度も見せなかった1番っ子が、必死に涙を堪えていました。

 

4月。

1番っ子は六年生になりました。

件の子とは違うクラスになって。

 

そんななか、突然親友の転校が発表されました。

驚き落ち込む1番っ子。

今度はもう涙を堪えることができませんでした。

 

お別れの日の最後に、親友が1番っ子にメッセージカードをくれました。

そこには

「いままでありがとう。

ケンカもしたけど1番っ子と○○(もう一人の支援級同級生)と△△(件の子)といっしょに遊べて楽しかったよ」

と書かれていました。

 

一瞬頭が真っ白になりました。

 

なんであの子の名前がここにあるんだろう。

もう一人の支援級同級生も普通級は1番っ子と同じクラスのはずです。

去年も一昨年もそうでした。

なんで違うクラスのあの子がこのなかに・・・・

 

「最近こっちに来るんだよね」

1番っ子はそう言っていました。

低学年の頃の出来事を直接知る先生たちは

もうそばにいません。

「いじわるはされてないよ。いい人になったよ」

そう答えた1番っ子。

 

ですがそれから大して日が経っていないある日のこと、夕方にソファーに突っ伏しながら悔しがる姿がありました。

1年生の時のように。

 「○○(もう一人の支援級同級生)と帰っていたら△△(件の子)が来て、

二人で話して急に逃げて行った。待ってって言っても無視して笑ってた」

と。

 

また始まったんだ。

そう思いました。

  

連絡帳にその出来事を書いて当時の支援級の先生に伝えました。

先生は翌日すぐに何故こんなことをしたのか 聞き取りをしてくれました。

帰ってきた答えは

「電車ごっこをしていただけだと。逃げていたわけではないとのことでした」

もしも教師に見つかったとしても,簡単に言い逃れができる。加害者は「遊んでいただけ」と言い,

 http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7769/20110207071105/kenkyu2010330304.pdf

⇧⇧⇧この言葉が目の前を過ぎりました。

「逃げる」「避ける」対象として、鬼ごっこのように遊びの要素をちらつかせる。

突如一方的に始める。

誰だってターゲットにされたら戸惑います。

直後に自分で対処するなんて難しすぎます。

被害者を「ばい菌扱い」するいじめと同じ構造でした。

 

6年生にもなって「電車ごっこをしていただけ」・・・・・・

なんつーか・・・( ゚д゚)・・・

腕が落ちたな。

 

もう少しツッコミどころの少ない理由作りをすると思っていたので

拍子抜けしてしまいました。

そのあとから大人に違和感を持たれやすい「逃げ回ることを面白がる」行為はなくなりました。

 

季節が変わる頃

「1番っ子さんが所属する普通級の子にもイライラして怒っていることが多い」

と報告を受けることが多くなってきました。

「自分を揶揄ってくる特定のクラスメートに対して、1番っ子がよく怒って追いかけてクラスメートや先生から注意されている」

「最初はお互いにふざけているだけなのですが」

というものでした。

本人に聞いても

「いやー。あいつとは合わない」

「よくバカとか言って蹴ってくるからさぁ・・・」

としか話さず。

どう合わないのか、どんな流れでバカと言われたり蹴られたりするのか

聞いても首を傾げて言葉に詰まる様子。

まぁ、人間関係色々あるよね。

無理して付き合わなくてもいいけど自分から仕掛けたり暴力はだめだからね。

何か困ることがあったら大人に言いなよ。

そう言い続けました。

その後も先生から「ふざけている」前提の普通級でのトラブルの報告が続きました。

 

小学校高学年頃は、発達阻害状況を抱えている子どもたちへの暴力・暴言が増える時期でもあります。

日に日に「普通級で過ごしたくない」「普通級にいるのが辛い」

とまで言うようになってきた1番っ子を見て

本当にこれはふざけ合いの延長なのか?

1番っ子のイライラがいけないのか?

と疑問に感じるようになってきました。

そんな言葉、いままで一度も耳にしたたことがなかったから。

不安を払拭できず

「本人も希望してますし支援級だけで1日を過ごさせてもらえませんか?」

と私から提案しました。

しかしそれは先生に受け入れてもらえず。

どうしたものかも心配していましたが、暫くすると突如

本人から「和解したから」という簡単な報告が。

何が何だかさっぱり分かりませんでした。

 

それと入れ替わるようにこれまで仲良く過ごしていた「○○(もう一人の支援級同級生)」と

急に仲違いをするようになりました。

身体がぶつかっただけでお互いが叩き合っていて先生に注意された

身体の大きい上級生同士の喧嘩を見て低学年の子たちが驚いている

と連絡受けることもありました。

しかし1番っ子は、他人と不意にぶつかっただけでいきなり怒るような子ではありませんでした。

そんな姿観たことも聞いたこともない。

そこまで怒るなら直前に理由があるはず。

連絡帳には先生から

「○○さん(もう一人の支援級同級生)は1番っ子さんのコミュニケーション方法が嫌みたいで・・・」

というような短文の報告が書かれていました。

確かにASDだからコミュニケーション方法に特徴的な部分はありました。

これまでなんだかんだで仲良くやってきていたのに、急にどうしたんだろう。

不意に身体がぶつかるだけで叩き合う理由になるなんて釈然とせず。

6年生になってから1番っ子はどこか変わってしまった。

何かありそうとは思いつつも、直接何かを見たわけではない私は

ただ悶々と考えることしかできませんでした。

 

秋の学校公開日に参観に行ったときに

私はある違和感に気付きました。

知っている子から私は笑顔で挨拶を受けました。

それに返す私に合わせて1番っ子が相手の子に声を掛けます。

しかし1番っ子には返事をするでもなく、まるで聞こえないように無表情で通り過ぎていくのでした。

「○○(もう一人の支援級同級生)」もそうでした。

気になりましたが一瞬の出来事だったため何とも言えず・・・。

この時期の子どもたちは広く浅い付き合い方が見られる時期でもあります。

コミュニケーションスキルが低い1番っ子には難しい課題でした。

昨年までは友達数人と笑顔でじゃれついてばかりいた1番っ子は

休み時間を支援級担任の先生のそばでおどけて構ってもらい過ごすようになっていました。

一人で笑うその姿は

私の目から見て不自然なくらいの「カラ元気」でした。

先生は苦笑しながらも、何かを了解しているように相手をしてくれていました。

 

高学年らしさ 

いつからあの子とあの子から話してもらえなくなったの?と聞いても

相変わらず「さあ?そうだった?」とすっとぼける1番っ子。

家ではこれまでと変わない様子で過ごしていたので全然気づきませんでした。

低学年時代は「人間関係での困難」を大人の助けを借りながら切り抜けようとする傾向がありますが

高学年になる頃には自我意識の発達と共に自分自身の力で人間関係の困難を乗り越えようとするようになります。

だから周囲からの助けは自然と得られにくくなります。

本人だけでは有効な対処方法を見いだせず

なんとか一人で気持ちを維持して対処しようとします(2000.丸山)。

それは決してダメな経験ではなく、揺らぐ感情と向き合いそれを受け止め自身の成長の糧とするチャンスでもあります。

個人対個人の問題ならば、見守ろう・・・ 

 

いま思い返してみると小さなサインは確かに出ていました。

私はちょうど1年前にそれに関する記事を書いていました。

当時の1番っ子は内在する孤独や不安と一生懸命向き合っていたのでしょう。

 

またこの時期から

以前から好きだった歴史系学習漫画を読み漁るようになりました。

これは、好きなことに没頭し周囲からの嫌な情報をシャットアウトすることにより

学校での困難さに対処しようとする、典型的な自助努力例です。

この行動は決して自分を「寂しい生徒」に陥れるのではなく

「孤独」から自分自身を守る為の精一杯の抵抗でした。

 

疑問が確信に変わった日 

小学校生活最後の授業参観の日、休み時間の廊下で以前仲良くしていた子たちが輪になって談笑している場所に親子で遭遇しました。

そのなかには前述のケンカしていたクラスメートたちや件の子もいました。

1番っ子は不自然な笑顔で和に入っていき挨拶をしましたが、みんな無言でした。

1番っ子は何も言わずに耐えていました。

私よりも大きくなっていた1番っ子の背中は

とても寂しそうでした。

 

どうして分からなかったのだろう。

この子たちはもうこんなに大きくなっていたというのに。

 

昔とは違う。

やり方も成長している。

この子たちは「無視」を共有している。

自分が好きでない相手から好意を持たれ,接近されることもあり得る。そうなった時に,その人物との関わりをなくす自的で関係拒否の諸行動をとる

https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=35703&item_no=1&attribute_id=17&file_no=2&page_id=13&block_id=83

これはそんなものではない。

自分と合わない相手にどう対応すればよいか分からず、「思わず」無視してしまう行動とは違う。

集団により行われる「意図的」で「情動のない」行動。

これは1年生の時のいじめと同じでした。

ただ、目的は「制裁」ではなく「排除」に変わっていました。

固定した関係の中で異質な他者を共通の敵として認識し,仲間意識を保とうとすることがある

https://core.ac.uk/download/pdf/144440303.pdf

 学童期後半から青年期前半に特徴的ないじめの様態は「異質性の排除」です。

そして小学校卒業前後は特に

「先生も把握しきれない地下組織的な私的グループの結束を確認するための、気づかれにくい集団いじめ」が起きやすい時期でもあります。

  

その後学年全体での授業がありました。

1番っ子は並んでいる生徒間で回覧されるプリントを

自分だけ渡されなくても黙っていました。

受け取ろうとしっかりと手を差し出していたんですけどね。

遠目でも分かるくらい。

会場から退出するときも最後まで一人残り

出口に立っていた先生にカラ元気でじゃれついていました。

 

この1年の1番っ子の話が、先生からの報告が、私が見た光景が

頭の中でグルグルと周り、点と点がつながりました。

「制裁」的要素を残すいじめが「遊び」に様態を変え、最終的に「拒否」「排除」となる。

「制裁」「遊び」は証拠が残りやすいです。

「正当化」されても、大人は「注意で終わり」程度の介入はすることもできるでしょう。

しかし「拒否」「排除」は

証拠が残りにくく、あとから「気のせい」「そんなつもりはなかった」「気付いていなかっただけ」と言われやすいです。

不透明になり、ますます介入は困難になります。

「小学生のいじめ問題の発生機序を区分けた表」そのものが

この一年間に濃縮されているようでした。

 

そうか。

そういうことだったんだね。

 

小学校生活最後の年だったのに、辛かったね。

母さん、やっぱり全然見えていなかった。

 

気付いてやれなくてごめん。

 

君はひとりでずっとがんばったていたんだね。

 

今回の特徴

  • 今回はすべて男の子中心のエピソード
  • いじめは、当該児童生徒が一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているものであり、起こった場所は学校の内・外を問わない

  • 繰り返し、長期にわたって、一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合は、いじめられている

  • しかし関係性攻撃は大人から見て「いじめ」か判断しづらい
  • そのなかでも低学年時代のいじめは制裁型が多い為、比較的大人の目にも止まりやすい
  • 低学年時代はいじめられても大人に助けを求めてくることが多いため親は気付く
  • 思春期になると人間関係の困り感を感じても大人に助けを求めなくなってくる為どんどん不透明になっていく
  • それに加え、いじめの排他性が顕著になっていく
  • 排他性を伴う関係性攻撃はじわじわと本人から「所属」の意欲を奪っていく
  • 1対1では「喧嘩」として第三者に問題に気付かれやすい
  • いじめの「正当化」は原因を被害者に帰しやすくし、加害者のいじめ行為は「しょうがないもの」と第三者から受容されてしまう

 

まとめ

長々と書いてしまいましたが、

要は「低学年の頃に特定の子から目をつけられた⇒6年生になってその子が関係している子とトラブルが頻発する⇒学校に居づらくなるわ、最終的に集団で無視されるようになって本人は辛かっただろうと母思う」系の話です。

よくあるやつです。

ひとつひとつの行為は大したものではありません。

小学生時代にほとんどの子が何らかのかたちでいじめに関わっていると言いますし。

だから誰の気にも留められなかったのは

当然なのかもしれません。

それでもやっぱり

あれを目にした私は嫌悪感でいっぱいです。

 

何より心配なのは、慢性的ないじめを受けた子は対人認知に歪みが生じ

それは大人になっても内在し社会生活に何らかのか影響を及ぼしてしまうという事実です。

また、いじめの辛さを知っていながら、知っているからこそ

自分の身を守ろうとこれから加害者側に回る可能性も高くなってしまうのです。

知的障がいを有するが故に認知能力にも社会的能力にも困難を抱えているのに

社会に出る為の支援教育がこれからますます必要になっていくのに

こんなリスクを背負わせてくれたこと。

これから先、彼らが気にもかけないところで

1番っ子が抱えるであろう困難を考えると、憤りすら感じます。

 

コミュニケーション下手だから友達関係を形成できないんだ。

子どもの世界ならこれくらい普通なのかも。

障がい児だからしょうがない。

やっぱり暴力的な子だったのね。

だから結局これは1番っ子の人間性の問題。

あの子たちは普通なんだからこの子が我慢できるようにならなきゃ。

 

信じるって言ったのに

何度も気持ちが右往左往する自分がいました。

 

文科省のいじめの定義が「被害者の苦痛」を一層重視するようになってから

もう10年以上も経っています。

それなのに私は見てもいないのに

迷惑をかけている、我慢しきれないことが悪い、と1番っ子を非難したこともありました。

1番っ子の気持ちに誰よりも無関心でした。

対して1番っ子は絶対傷ついていただろうに

そんな私に否定することなく、

家族を責めたり八つ当たりすることもなく

家では何ら変わりなく過ごしていました。

 

最後の授業参観の後、緊急事態宣言が発表され長期休校に突入しました。

そして件の子は違う中学校に進学しました。

それが関係しているのかは分かりませんが

1番っ子を無視していた子は中学校入学後は話してくれるようなりました。

昨年度は身体がぶつかったという理由で叩き合っていた子とも

現在は当たろうが関係なく仲良くやっています。


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