もっしーなろぐ

軽度知的障がいとASDを持つ二人の子どもの母であり、障がい児・者支援分野で働くNsであり、夫と共にローン返済に翻弄するアラフォーの雑記ブログ。最近は子どもの教育やダイエットを中心に呟いています。

リトルエンペラー症候群②「一番の優遇を求める子」依存と強気の繰り返し

皆さんこんにちは。

前回リトルエンペラー症候群について書きました。

今回はその続きのお話をしたいと思います(これは二回目の記事です)。

 

リトルエンペラー症候群の代表的な特徴

上記の記事でも書きましたが、以下は大まかな特徴です。

・自分でできるはずのものでも、身の周りのことは親にやってもらいたい

・自由時間に何をして過ごせばいいか分からず大人に不満をぶつける

・思い通りにならないと他人の前でも泣いたり怒ったり、反対に黙り込んだりして大人を困惑させる

・相手が嫌な気持ちになるような関わり方を悪気なくしてみんなに嫌がられてしまう

・自分の失敗でも人のせいにする

・学校に対して、親に自分の要望やクレームを言わせる

等々、最近ではよくあるものです。

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説明前に注意点を!!

まず始めに、先に謝ります。

この記事で気分を害したという方は、申し訳ありません。

 

これは後天的原因に基づく心理・行動様式の概念です。

つまり育った環境により生じるものなのです。

そして先天的な知的障がいや発達障がいの一部と間違われやすい特徴が、複数あります。

また原因が環境故に、障がいを持つお子さんも持たないお子さんも等しくなる可能性があります。

障がいの程度は問いません。

しかし先天的な障がいを持っているお子さんにこのような症状が見られたとしても、慌てて改善しようと大人が急激に態度を変えることはしないでください。

特に知的重度のお子さんは何故これまでと状況が違うのか、なぜ突然求められることが増えたのか理解することは難しく混乱してしまいます。

理解力が低いため、ひとつひとつをお子さんのペースでゆっくり丁寧に教えていきましょう。

また自閉症のように先天的な障がいによる特徴と類似している点が一部ありますが、環境的要因が強いこれとは根本的な原因が違います。

このような場合は、先天的な障がいに対する丁寧な療育が必要になります。

決して、明らかな障がいを持つお子さんやその家族に対して「育て方の問題」という批判をしないでください。

大切なのは、どのようなお子さんにも等しく生じる可能性があることを理解することです。

そしてさらに大切なのが、未然に防ぐ=「①できることは自分でする、②自分と同様に家族を尊重する、③家庭のルールを守る」ことを根気強く教えることなのです。

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リトルエンペラー症候群の原因②:とにかく自分の言い分を優先してもらえる子

現代の多くの家庭は、子どもの意見を優先しがちです。
教育系メディアでもよく「まずはお子さんの気持ちを尊重してあげましょう」と言っています。
そして親にとって子どもが喜ぶ姿は可愛いから、できるだけ願いを叶えてあげたくなりますよね。
子沢山家庭では難しいかもしれませんが、家族の構成人数が少ない核家族だと子どもの「やりたい」や「やだ」を優先し子どもを満足させた方が大人のストレスも少ない場合も多いですし。
しかし「まずはお子さんの気持ちを尊重」というメッセージを極端に現実化したことにより親子共に苦しむことになってしまったご家庭からの相談が最近は多いように感じます。
その様な相談の主訴多くは、お子さんの「気持ちの切り替えが苦手」です。
 

気持ちの切り替えとは?

*すべての「気持ちの切り替えが苦手」に該当するものではありません。

 

障がい児者支援の場にいると様々な「気持ちの切り替えが苦手」に遭遇します。

次の作業にスムーズに取り掛かるために段階を踏まなければならない、パニックになったときになかなか落ち着けない、等々。

自閉症などの先天的な障がい特性により困難の種類も多種多様であり、ご本人や周囲にいる人たちの大変さも色々です。

そのため障がいの知識とご本人の人間性や特性への理解が必要不可欠です。

「周囲の人間が理解を示し対応できるところ」と「ここはご本人に頑張ってもらうところ」の境界線を上手に見極め、ご本人とご家族が平穏な生活を送れるように支援する必要があります。

しかしこのリトルエンペラー症候群の場合は、「周囲の人間が理解を示し対応できるところ」が過剰になったことにより「本人が頑張る」部分が侵食されしまっています。

それにより「納得し自分で頑張る」という気持ちの切り替えが難しくなってしまったかのように感じます。

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見極めのポイントは「対応してくれる周囲の人間への期待と依存と尊重」

甘え上手だったり状況を読むことが上手なお子さんっていますよね?

久しぶりに会うおじいちゃんおばあちゃんにはたくさんおねだりして確実に欲しいものをゲットしたり(笑)

体育の先生は怒ると怖いから真面目に授業を受けるけど、英語の先生は強く注意しないから授業中でもふざけたり・・・。

相手によって態度や行動を変えることができる。

これは社会性を有する動物の多くに見られるものであり、人間はその代表格です。

老若男女、また知的なレベルすらも問わず、様々な人が(できるレベルは異なりますが)出来ることです。

しかし成長と共に、社会の中で生きていくためにはそのような態度・行動は時に他人を傷つけ自分の評価を下げるものであると気付き、なりを潜めていきます。

その代わり相手によって態度・行動を変えるのではなく、なるべく平等にバランスを保ってひとと接することが大切と気付いていくのです。

しかしリトルエンペラー症候群のお子さんの中には、過剰な「まずは自分の気持ちを尊重してもらえる」環境に身を置き、相手の気持ちを考え尊重する経験をあまり積まなかったことにより、このバランスが上手に保てないまま年齢を重ねてしまったケースが多くあります。

よく「相手の気持ちを考えよう」って言いますよね?

これには共感力が必要です。

共感力は定型発達で言うと幼児期後期に形成が促進されます。

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しかし相手の気持ちを察する能力がそれなりに形成されていたとしても、まずは何であれ自分の気持ちを尊重してもらえる環境に身を置いていた子が、小学生になったというだけで状況や組織に合わせて行動することが上手に出来るようになるでしょうか?

当然ですが状況に応じてひとや組織を尊重した行動を取ることは難しいです。

共感力や相手の気持ちを察する能力と、それをもとにした行動はセットのようでセットではありません。

どちらも経験や学習、成功を重ねて獲得していくものなのです。

確かに共感・尊重してもらう経験は重要ではありますが、それを重視しすぎることは良くありません。

私は、お仕事関係で「小学校に入学してからは我が子がクラスの中で尊重してもらえない。担任の先生が尊重すれば、寄り添ってくれればできるはずなのに」という訴えがあったと耳にすることがあります。

そしてそのようなケースのお子さんは社会生活を送るにつれて段々と不登校、引きこもり傾向になりがちです。

これまで相手や周囲に合わせるのではなく、合わせてもらうことを重視してきたが為に、社会の中で生きづらさを感じ不適応を生じてしまうのでしょう。

そしてこれまで通り、まずは何よりも自分を尊重してくれていた家庭の中に身を置こうと、お子さんなりに頑張り始めるのです。

これまで自分がどうすれば親は合わせてくれたか、記憶を手繰り寄せて・・・。

例えば座り込んで大声で泣いてみるとか、布団や押し入れのの中に潜り込んで出てこないとか、普段甘え口調でしゃべっていても登校を促された途端暴言・暴力という形を駆使し延々と反抗する、とにかく口が達者で無理やり感が強い屁理屈をこねる、とか・・・

お子さんにとっては様々です。

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年長さんくらいになると社会的善悪の概念がある程度形成されます。

小学校入学以降は「おともだちの目」も気にするようになり、人前で駄々をこねたり泣いたり喚いたりするような、所謂「赤ちゃんみたいな行動」は恥ずかしいと自分で認識するようになります。

発達障がい児の中には、ある能力が年相応で他の能力はそうではないという凸凹が顕著なお子さんが少なくありません。

言語能力や社会的なルールの認識が年相応で、普段は自分の気持ちをしっかり言えたりルール違反をしている子をはっきり注意できるお子さんが、登校を促されると親の前や他の人がいる場所でも「赤ちゃんみたいな行動」を繰り返したり、大人が前向きな声掛けをしたところで何がなんでもネガティブに全否定し、相手(特に親)を困惑させることがあります。

但し、話し合いの際に一生懸命「あーでもない、こーでもない」と言い返すお子さんの中には、第三者から見たら明らかに論点ずらしを試みているお子さんがいます。

例えばお子さんのある暴言に対して

親「どうしてそんな言い方するの?」

子「言ってない。そんなことは言っていない」

親「たった今はっきり言ったでしょう」

子「俺が嘘をついているっていうの?母さんは俺を嘘つきだと言っているんだ」

親「そんなことは言っていない」

子「嘘だ。母さんは俺が嘘つきだって言いたいんだろ!いつもそうだ。母さんは俺なんかいなくなればいいと思っているんだ」

親「そんなことない。母さんはあなたのことを大切に思っている」

子「嘘だ。母さんの嘘つき!」

 

という具合に、暴言への注意から全く違う類の話に上手に転化し立場を逆転させています。

この場合、とても自然な流れなのですが、実は論点を戻されないようにする方法を本人は一所懸命駆使しているのです。

再度暴言について話を戻そうとすると「やっぱり嘘つきだと思っているんだ!」と無限ループに陥り、延々と話をはぐらかせるように誘導します。

他に聞いていた人が複数いて、それを指摘されたとしても変わらないこともあるでしょう。

つまり本人は話し合いの中で問題となる部分、注目されては困る部分が分かっているのです。

問題指摘の場で、不自然なくらい自分の非を認めず屁理屈をこねるお子さん程、本当は何故注意されているのか、原因をはっきりと理解しています。

問題は、その原因を自分で分かっていながら何度も作ってしまうこととその現実としっかり向き合えない幼稚さ、そしてそのような環境で成長していってしまうことにあります。

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また、自閉症の人は相手の気持ちに気付くことが苦手という特徴があります。

しかしリトルエンペラー状態の人は、相手が嫌な気持ちになることを分かっていて、敢えてそのような言動や行動をして相手の反応を窺うことがあります。

先述の暴言についても同様です。

相手を傷つける暴言を言っても、結局は受け入れてくれるか、やり過ごしてくれるか、泣き寝入りしてくれる相手か、環境かどうかを見ています。

即ち、自分にとってそうして良い相手なのか、組織なのかを常に気にして確認する行動を繰り返しているのです。

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ここで大人の重要な対応はただ一つです。

即ち、お子さんの論点ずらしのパターンを冷静に把握し、話し合いの際にそれに乗せられることなく、毅然と問題点について話すことです。

自分以外への言動を見て、社会的善悪の基準がしっかりとしているであろうお子さんの多くは、正面から問題点と向き合うことが出来れば、本来自分はどうすべきか考えて答えを導き出せるはずです。

問題について伝えた後は手助けをしてあげたい気持ちを抑え、自分で考え自力で正しく行動できるように見守りましょう。

 

遅かれ早かれ家庭でも社会でも適応できなくなる

もしもここにいじめ等のはっきりした原因があるならば、それに応じた対処をすべきです。リトルエンペラーとは関係ない状況なので。

しかし学校にも家庭にも当の本人にもはっきりとした理由が分からず、余計大人が困惑してしまうパターンが結構多いです。

そしてさらに結構多いパターンが

「はっきりとした理由が分からない

=先生と合わないのだろう

=先生や学校の対応が悪い

=学校はうちの子を尊重していない」

になってしまうのです。

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また、学校以外の活動の場(療育の場等)を確保する際にまず親御さんが要望することに

「うちの子に合わせてください」

がよくあげられるのです。

しかし個別支援を謳っている施設ならまだしも、学校も施設も多くは職員不足に悩んでいます。

沢山のお子さんがいる中で、安全面の確保からも職員一人が特定のお子さんに合わせて業務をこなす余裕はありません。

またお子さんの状況を見て、個別対応でよいわけではないことも現場の人たちは分かっています。

その為そこで生活や活動をスタートしたとしたとしても、3ヶ月もしないうちに学校と同様に利用を拒否し、利用開始時間前になると自宅から出てこなくなります。

即ち、第三者に見られたら恥ずかしものでも「家族ならば尊重してくれる行動」をして意思表示をし、自分の言い分を優先してもらえる環境に居られるようにするのです。

それでも普通ならば段々年齢が上がってくるにつれ、家族から「そんなことしないで」と苦々しく言われるようになります。

そうなると、なかには「家族ならば尊重してくれる行動」をさらにオーバーリアクションで長時間取るようになるお子さんもいます。

エスカレートすれば家庭内での暴言・暴力にもつながるでしょう。

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もう時間と忍耐力の勝負です。

「どちらが先に根負けし折れるか」

「どうすれば自分のいうことを聞かせるか」

焦点はそこに絞られます。

結局お子さんは、この勝負に乗ってくれて、最終的に根負けするであろう人に依存するようになっていきます。

というか、その人がいる場所に自分も一緒に居ようとするようになります。

他の場所には行けないのです。

本当は自信がないのです。

自分の力で現実に立ち向かうことが怖いのです。

依存できない環境は不安なのです。

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先述した「自分で考え自力で正しく行動できる」環境づくりは重要です。

過度な依存関係から、お子さんが自分の足を地にしっかりつけて立てるように見守りましょう

 

我が子もリトルエンペラー予備軍

偉そうにいろいろ書きましたが、何を隠そう我が家の1番っ子もリトルエンペラー傾向がある子です。

知的にも言語的にも屁理屈をこねられるほどの能力はありませんが、以前は不満を一生懸命行動で表そうとしていました。

自宅では飄々としている子ですが、社会生活の中では自信なさそうにオドオドしていることもしょっちゅうです。

それでも少しずつ自分の力で前に進もうと、今頑張っているところです。 

 

 

まとめ

たまに「友達親子」という言葉を耳にします。

友達のように仲良し。素敵なことです。

しかし友達とは本来、お子さんが親やその他の大人から精神的に自立し、一人の人間として自己を確立するために支えとなってくれる存在です。

その役割を、お子さん自身が自立と共に距離をとるべき相手が担うということは、些か本末転倒であるようにも感じます。

ときとして親は、親でなければできない役割を果たさなければならないことがあります。

学校の先生や児童福祉関係職員ではできない役割です。

お子さんに障がいがあろうがなかろうが関係ありません。

親はどんどん老いていきます。

そしてお子さんより早く死にます。

もしかしたら明日には事故に合ってこの世の人ではなくなっているかもしれません。

親がどんなに手塩に掛けて面倒見てあげたとしても、親が傍にいなくなってからそれと同じように接してくれる第三者なんて、社会には存在しません。