もっしーなろぐ

軽度知的障がいとASDを持つ二人の子どもの母であり、障がい児・者支援分野で働くNsであり、夫と共にローン返済に翻弄するアラフォーの雑記ブログ。最近は子どもの教育やダイエットを中心に呟いています。

ADHD+軽度知的障がい児の為に親がすべきこと

もうじき中学生になる1番っ子。紆余曲折ありましたがすくすく育ってくれました。

1番っ子の小学校生活を支援してくださった先生方、福祉施設スタッフの方達には感謝感謝感謝感謝×無限です。

 

1番っ子は軽度知的障がいの他に自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害があります(多分)

これまでの記事では、我が子たちについてはほとんど「軽度知的障がい児」としてのみ書いていました。

しかしいくつか記事を読んでくださった方はお気づきかもしれませんが、2人はそれ以外の障がいも持っています。

「軽度知的障がい」は児童相談所の心理検査と聞き取りをもとに出た判定です。

それ以外に療育センターで年に1~2回程児童精神科医の診察を受けているのですが、そこでは自閉症スペクトラム障害という診断を受けています。

1番っ子と2番っ子の両者ともです。

で、他に、これは私の勝手な憶測なのですが、多分1番っ子は注意欠陥多動性障害もあります。

 

注意欠陥多動性障害とは

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言わずと知れたADHDのことです。不注意・多動・衝動性の3つを特徴とする発達障がいです。詳しい説明は他のサイトにいっぱい書いてあるのでそちらをご参照ください。主に行動の障がいであり、これが本人の社会生活を著しく困難にしています。普通だったらやらなそうなイージーミスをしょっちゅうしたり、我慢できそうなこともせずに周りの人と感情的にぶつかったりルール違反を繰り返したり・・・・遠回しに言えば「周囲の人を困惑させる」、はっきり言えば「迷惑がられる」ことが多いです。

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ADHDにより本人が困ること&親の心配事

幼少期は「みんなと同じつもりなのになぜか自分だけ周囲からの評価は低く、怒られたり馬鹿にされたり拒否されたりする」経験を人一倍多く積みます。それにより思春期頃からうつや反抗挑発性障害、非行、不登校など様々な二次障害を引き起こし、本人の社会生活をより一層困難なものにしてしまいます。1番っ子自身もこれまでの体験から違和感を感じていたのか、一度だけ私に「なんだか頭が馬鹿になっちゃってみんながちゃんと出来ることが出来ないことがある」とポツリと話してくれたことがありました。

 

f:id:himawari0growing:20200131112255p:plainhttps://www.jspn.or.jp/modules/forpublic/index.php?content_id=39より引用

「そう考えると気の毒だな~」と思います。

ちゃんとやりたいと思っていても不意にみんなに嫌がられる行動ややってはいけない事をしてしまって、多数の人に批判され落ち込み自信を無くし・・・を繰り返すなんて。

我が子にもこの傾向があるのだと思うと尚更胸が痛くなります(1番っ子はこれに知的障がいも混ざっているので余計に・・・)。

ADHDのお子さんへの対応とかで「こうすれば良い!」みたいな情報がネットでは溢れていますが四六時中その通りになんて親でもできないし、やったところで劇的にその子が変わるなんて魔法みたいなこと、実際にはないんですよね。

やらないよりはマシだし、やった方が良いこともいっぱいあるのは事実なんですが。

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理解や支援を求めたところで誰もが助けてくれる世の中ではない

そして現代社会はほとんどの人たちに余裕がないです。

人付き合いの中で、個人的にこのような特性を持つ相手に理解はできても毎回は難しいし、支援をすることまで求められようものなら誰だって限界があります。

親だって、下手したら自己犠牲の精神でもって接する必要が出てくるでしょう。こっちだって忙しいんです。

毎日子ども達に気を使って生活するわけにはいきません。

してあげたいけど貧乏だし共働きだし、それでも自分や家族でやりたいこともあるし、考えなきゃいけない事だっていっぱいです。

焦ったりイライラすることだってあるし、「発達障がいを持つ人への支援」みたいな教科書に書かれているような対応をずっと意識して取り組むことはできません。

大事な我が子だけど、この子一人のことだけを考えて24時間生活をするなんて現実では不可能です。

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出来る人もいるんでしょうけど、そんな人は私的には菩薩様レベルの超人です。職業上、「自分は我が子にそういう対応をしている、だから支援者や周囲の子たちに対しても相手の状況お構いなしに当然のように同じような対応をしてくれ!」と求める人に時々出会います。

要求に対して難色を示されたら自分が知っている知識や専門用語を並べ立ててゴリ押しする「所謂モンペ」みたいな人が多いので、かなりちょっと苦手です。

 

我が家での対応は・・・

https://www.jspn.or.jp/modules/forpublic/index.php?content_id=39より引用

 ⇧⇧⇧はどれもうちでもよくあることです。

しいて言うなら④は最近になってやっと親を待っていられるようになったけど、6年生になったばかりの頃なんて待つこともなく行方不明になっていましたね。

↓↓↓にも書きましたが。

www.mosikasitara-iina.work

 「肯定的な注目」は私自身は、①はまぁ出来ます。難易度低めな対応です。手伝ってくれるなんて、それだけでありがたやありがたや・・・・

②は、「ようやく宿題を始めた状況になる」まで毎回向き合っていられないので、家庭での学習はきちんと取り組めるようにコツコツ習慣付けをしてきました。しいて言うならば「よく出来るようになったね」「きちんと頑張ってきたから分かるようになってきたね」と声を掛けることはあります。

③は、謝り方以前にわざとではなくても「ふざけて食器を割ってしまう」不注意行動に注目するので・・・。叱ったりはしないにしても「危ないから、(割れ物がそばにある)こういう状況でふざけることはよくない。自分もそばにいる人もケガをする可能性があるから早く破片を片付けなさい。自分で」とまず言います。先日も夕食時にテレビに夢中でお味噌汁ひっくり返していたなぁ・・・。ヤレヤレ。

でも謝り方も大事ですよね。1番っ子が5年生の給食準備時間中に、前方不注意で給食トレーを持ったお友達に軽くぶつかってしまったということがありました。給食は無事だったので1番っ子は「ごめん」と謝って去って行こうとしたのですがお友達は納得してくれず。呼び止められお友達に怒られた際、1番っ子もカッとなって「なんだよ、馬鹿!」と言い返してそのまま口げんかに発展してしまいました。まぁ、1回は「ごめん」と言ったものの、状況から相手が納得できる形ではなかったのでしょう。状況に応じてきちんとした謝罪を高学年の子どもなりにするべきだったのに、それを指摘されて逆切れしてしまったらしいのです。普通級の担任の先生が止めに入ってくれて午後はどうすれば良かったか支援級の先生と二人で話し合い、落ち着いてから改めて下校前にお友達に謝りに行きました。するとお友達は「え?!いままで先生に怒られていたの?こっちこそごめん」と謝ってくれたみたいで・・・・。先生、ガクッ・・・・(説教してたわけじゃないんだけど)。みたいなことがあったらしいです。社会で人と関わっていく以上は自分の行動に非があるのならば感情的にならずにそれを受け止め、状況に合った謝り方が出来る方が断然良いですよね。平和に社会生活を送る訓練として、それが出来たらその場で肯定し強化していくこともやはり大事です。

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④は、もう何度も行方不明事件を起こしては家族の楽しいお出掛けを台無しにしてくれているので最近では「逸れたらここで待ち合わせ」と事前に打ち合わせをしています。その通りに出来たらもちろん褒めるつもりですが、打ち合わせをするようになってから意識できるようになったのか「ちょっと先で待つ」を行動化してくれるようになってきました。おかげでやっと「肯定的な注目」の声掛けをすることが出来るようになりましたが・・・・。実際に待っておらず行方不明になられたら「否定的な注目」でもってキ~~~~!!って怒りますよ。だって「事件や事故に巻き込まれたらどうしよう」「(遠出だから)自分一人で帰って来るなんて不可能」と心配だし、みんなの楽しい予定が大幅に変わってしまうし、なん10分も探しまわるので家族みんなヘトヘトだし、「ふざけんな」「やってらんねぇ」感が強くなり、身体も感情もグチャグチャで声掛けの内容なんて気を使ってなんていられませんよ。f:id:himawari0growing:20181215001041p:plain

そういえば1番っ子がまだ幼児の頃、近所のショッピングセンターで3時間ほど行方不明になったことがありました。

ほんの一瞬、ある商品を買おうかどうか迷って視線を1番っ子から逸らした隙に居なくなられました。店員さんが見つけてくれたんですが、どこにいたかって、、、、男子トイレの個室で水を流して、その流れを見て楽しんでいたそうです。3時間もそうしていたんでしょうね・・・・。利用者のみなさん、ごめんなさい(発達障がいや知的障がいを持つお子さんって、なぜか水の流れを見ることが好きな子が多いんですよね)。

私としては心配で心配で、幼い2番っ子を抱っこ紐で抱えて店内をずっと歩き回っていました。赤ちゃんの2番っ子も疲れたでしょうね。私も体力的に辛かったし探してくれたお店のみなさんにも心配や迷惑を掛けてしまった申し訳なさと情けなさでいっぱいで怒鳴りましたよ、もう。優しい言葉かけなんて出来なかったです。いまの私でも絶~~~対無理っ!!!

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ただなるべくキツイ言葉かけはしたくないです。なので上記「口うるさく言いたくないから短時間でも家庭学習をする習慣を付ける」「逸れたら待ち合わせ場所で集合」みたいに事前に「〇〇のようなことをするとお互い困るから△△しよう」と提案し練習を重ねてきました。それによって困り感はかなり軽減しましたし、お互い精神的にだいぶ楽になりました。

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「本人の自覚」「一緒に経験の積み重ねる」「みんなで共有」が大事

やらかしてしまった後の声掛けの仕方も大切です。
しかしそれ以上に様々な経験を積みながら本人が「自分は普通より失敗しやすいタイプ」であると自覚する思春期前から親や支援者と一緒に「なるべく失敗しない心がけ」をして前向きに社会生活を送る練習を重ねることが重要です。
ワーキングメモリの発達から、大体幼児期後期くらいには自分の経験を記憶として思い出せるようになってきます。なので幼いうちからどんどん親子で楽しみながらチャレンジして成功も失敗も思い出として重ねていきましょう。それをもとにお子さんが成功や失敗しやすい状況、その際のお子さんの様子を抽出します。小学校入学時に担任の先生や支援者となる人たちに伝えれば、お子さんに自覚を促しつつ一緒に前向きに社会生活を送る方法を考えてくれるでしょう。

⇓⇓⇓の研究結果でも証明されていますが、声掛けにしろ習慣付けにしろ、ADHD児に対する周囲からの働きかけはとても重要です。( 研究内容の詳細は論文をご覧ください)

 ADHD 者の示した注意障害は,外部からの働きかけにより改善可能であり,統合失調症の注意障害とは異なっていることがうかがわれた。https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=133314より引用

 

期待し過ぎは禁物

しかしそれをしても症状が完全に消失することはないです。あくまで軽減。

そろそろ中学生になる1番っ子。軽度知的障がいはありますが、自分なりに注意しなくてはいけない点があると分かっているみたいなのでお互いに「気をつけようね」と声を掛け合っています。自覚している分、素直に受け入れてくれているようです。

思春期になると二次障害のリスクもこれまで以上に強くなっていくので、本当に気をつけないと・・・

発達特性は軽減することはあっても消失するものではなく、 適応上の問題は思春期まで持続することが多いといえる。とりわけ思春期は新たな発達課題に直面して心理的課題が複雑になるなか、それまでの逆境体験による二次障害も重な り、深刻な行動上の問題や精神症状を呈する場合があることが指摘されてい る 1)2)。思春期発達障害者の深刻な不適応を予防し、適応力向上を促すことは、その後の長期的な社会適応につなが ると考えられることからも、具体的な支援アプローチの検討は取り組むべき課題と考えられる。

https://www.my-kokoro.jp/books/research-aid-paper/vol53_2017/pdf/mykokoro_research-aid_paper_53_08.pdf#search='%E6%80%9D%E6%98%A5%E6%9C%9F+%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E5%85%90'より引用

 

「なるべく失敗しないように心がけ行動する」実行機能能力

 ADHDの研究は盛んにおこなわれていますが、その原因はいまだ解明されていません。しかし脳の機能異常であることは明らかと言われています。特に前頭葉に注目が集まっています。

Wikipediaでは「前頭葉」の機能について、先ずはじめに下記の実行機能能力を言及しています。

前頭葉の持つ実行機能 (executive function) と呼ばれる能力は、現在の行動によって生じる未来における結果の認知や、より良い行動の選択、許容され難い社会的応答の無効化と抑圧、物事の類似点や相違点の判断に関する能力と関係している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E9%A0%AD%E8%91%89より引用

ADHDはこの実行機能能力について何らかの障がいがあるために、不注意・衝動性・多動性の症状が現れやすいと言われています。

 実行機能とは,行為や思考のモニタリングやコントロールを果たす行為の自己制御認知過程の総称であり(Carlson, 2005),主な下位機能
として,抑制制御,認知的柔軟性,ワーキングメモリの3つがあげられる。

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/41543/20161116095005690754/AREC_38_43.pdf#search='%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E6%A9%9F%E8%83%BD+%E8%87%AA%E5%B7%B1%E6%8A%91%E5%88%B6'より引用

簡単に説明すると「実行機能」とは、

①状況に応じたり相手に合わせたり我慢したり、過去の経験を思い出し情動や行動をコントロールする力

②それにより良い結果を出したり目標を達成する為に必要な能力

のことを指します。

 生後数か月から人は反応や行動を遅らせる能力(反応・行動抑制)が認められるようになる。これは、瞬時の情動を抑制することであり、動機づけの形成を促すことになる。もし、反応を抑制できなければ、短期的な報酬を求め、嫌なことから逃げ、間違った行動を繰り返し、さらに自分の思考を内・外からの干渉から抑制できない。ADHDは、まずこの自己抑制機能の発達障害、換言すれば自己制御が未熟と考えられる。行動観察から、ADHD 児は多動、衝動性と映り、注意の持続障害、注意の転導といった臨床症状が認められるようになる。人は、このように外から入ってくる刺激に対して反応を遅らせることで、長谷川が例えた「認知の贅沢」の恩恵を受けることが可能になると考えられる 6)。我々は行動を遂行する際、その行動が将来にどのような利益(報酬)をもたらすか、あるいは不利益(罰)を受けるか予想して行動を随時調節している。このような行動様式には、他者の行動や自分の過去の経験から学習し、将来の自己をイメージするワーキングメモリが必要とされる。ADHD 児は、この将来のイメージを使えないため、未来に向かって意図した行動がとれず、現在の情動に依存した行動となる。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/13/3/13_233/_pdf

 上記引用を要約すると

①人は赤ちゃんの頃から情動をグッと堪えことが出来る

②情動をグッと堪えることにより、その間に「どうすればよいか」状況から判断しようとする

③ADHDの人は、①のグッと堪える瞬間を持てないために状況に合った行動は何か判断することが難しい

④そのため場にそぐわない安易なことや嫌なことから逃げだすような行動をしてしまう

⑤また、それにより周りの人から忠告されてもその場で考えや行動を変えることは難しい

⑥そもそも人は、他人の行動を見たり自分の経験から学ぶことによって「今後同じような状況になったとき、自分はどう行動するべきか」を考えることが出来るようになる

⑦しかしADHDの人は「本来ならばどう行動することが良いのか」判断し成功した経験の少なさから 「今後同じような状況になったとき、自分はどう行動するべきか」考えることがなかなか出来ない。その為いま目の前で困難に遭遇しても、情動をグッと堪えてより良い判断をすることはせず情動のままに行動しがちである

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補足しますと、幼児期後期あたりから「あの時〇〇で嫌だったな」と過去を自ら振り返ることが出来るようになります。その後お友達と面白いことや嫌なこと等も一緒に、様々な経験を積みながら楽しく過ごすために失敗しないよう気をつけるようになります。更に「どうすればもっとうまくできるだろう」と考えたり「◇◇さんみたいになりたいな」と憧れの気持ちを持ち、努力するようになると言われています。

この後小学校に入学し、これまで以上に大きな集団に所属します。そして成長と共に大人と心理的な距離を広げ、反対にお友達との距離を縮め切磋琢磨しながら社会性を広げ強化していくのです。

しかしながらADHDの人は、幼児期の「経験から得た学びを将来に生かし、自ら適した行動をする」という一連のプロセスづくりが苦手です。それを獲得せずに小学校生活に突入すると大変です。大きな集団且つ調停してくれる大人の存在がない中での人間関係では、壁にぶつかりやすいことは容易に想像できます

幼児期後期から小学校低学年のうちにADHDの可能性を指摘されるお子さんが多いのも、これによるものなのでしょう。

AD/HDの子は、時間や回数、一般的な知識や道徳ではなく、自分の気分で判断し行動する傾向があります。感情のおもむくままに、気ままに物事を決めて行動しがちです。確定的な、明確な基準ではなく、気分で動いています。まわりの人間は、気分で動いていることがわかりにくく、考えの筋が読めずに振り回されてしまいます。

(中略)

AD/HDの場合は、自分の感情が優先されます。反抗挑戦的とも言われますが、相手がどんなに強くても自分の意見を通そうとします。まわりのことなど関係なしに、「感情失禁」状態で泣いたり騒いだりする姿が見られます。不利だとか、恥ずかしいということよりも、まずは自分の気持ちが優先されがちです。

(中略)

*何度注意されても同じことをする(過去体験が生かされない)
*わかってはいても、やれない(知識などを活用できない)
*本人には損と思うことを平気でやる
*いつも衝動的である(あれやこれやと考えながら、損得などを比較検討した判断ができない)

http://www.hattatsu.or.jp/senmon/adhd08.htm

 

知的障がいとADHDの明らかな違い

軽度知的障がい児とADHDのお子さんは、教育現場や福祉施設でしばしば同じ環境で支援を受けています。

支援級、普通級、通級などでも同じ場所で同じ内容の授業を受けていることも多く、誰がどんな障がいを持っているかは一見分かりません。障がいの内容や程度は人それぞれですからね。

しかし実はそれなりにはっきりとした違いもあります。

知的障がいは知能面の遅れや停滞が顕著です。話し方や話す内容、判断、行動、非言語的表現の具合等を全部ひっくるめて年齢よりも幼く感じられることが多くあります。また全体的な能力の低さから、年齢的に求められることに本人なりに努力しても応えられないこともあります。失敗したことに対する言い訳も、はっきり言ってしまえば嘘をつくことも下手です。
www.mosikasitara-iina.work

逆にADHD(知的障がいなどの併発がない場合)はこのようなことが少ないです。初見では年相応の雰囲気を醸し出しているように感じられます。最初は緊張もあってか、そこまで目立った行動をしないのでしょう。本来ひとは、乳幼児期から親等の身近な大人から社会基準のルールを教わります。そして幼児期後期には判断基準が育ち「みんなでルールを守ることは大切」と認識するようになるのです。その為、明らかな併発障がいのないADHDのお子さんはルール違反をするひとを見ると、「いけない」と理由と共にしっかりとした口調で注意や批判をすることが出来ます。つまり相手に伝える話し方もルールの知識やそれに対する是非の判断力もあるのです。また情動が優位でないときは、状況や相手の様子を伺い判断することが出来ます。その為、言い訳も嘘も自然にスラスラと口から出てきます。それが尚更「年相応」という印象を強くします。

しかし知的障がいの場合、社会生活の中できちんとルールを守ることを教わる経験を積んでいるお子さんならば、(注目や判断能力、表現方法に未熟さが目立つものの)相手に合わせたり気を使ったり努力しようとする等の行動が見られることはよくあります。つまり利益を得て不利益を避けようと行動できるのです。本人なりに成長と共に実行機能能力を獲得しようとしているとも言えます。それにより周囲や組織からは、知的障がいによる能力の低さを理解しながらも「本人なりによく頑張っている」と良い評価を得られやすいです。これは、障がいの程度が軽度だろうが重度だろうが関係ありません。

これに対してADHD単発のお子さんの多くは、社会基準のルールについては他の子と同様に年相応な知識を持っています。しかしそもそも「情動を堪え、先ずは様子を伺う」行動をせずに状況や相手の気持ちに関係なく「やりたいこと」はやり、「やりたくないこと」はやらない等、結果として自他共に不利益が生じる行動をしがちです。そのため初見では「年相応に見えるけど?」と見られたお子さんも、社会生活を深めていく程に周囲や組織全体から「ひとのことは注意するくせに自分はルールを守らない子」「年齢の割には幼稚過ぎる」「我儘」「自分勝手」とマイナスの評価を与えられがちです。その状態を続け適切な対応を怠っていると、実行機能能力をなかなか獲得できません。そしてそのまま小学校生活に突入し、低学年のうちに不適応状態に陥ってしまうというパターンは珍しくありません。

また自分にとって「好き」「気になる」ものに対してはよく集中出来ます。ADHDの特性上、それに注目・集中しているときは周囲の声掛けや状況には気づきにくいです。また創作力や表現力、創造力も年相応にあります。それにより「好きなことには凄い集中力を発揮する。素晴らしい出来だ」と評価されることもよく見聞きします。

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ADHDの症状改善と実行機能能力の向上方法

ADHDのお子さんは、不利益が生じる行動をしてひとから注意を受けた際、「だって〇〇したかったんだもん」と自分の感情を理由として伝えようとすることがあります。または「注意をされる」という行動から逃げようとして「ごめんなさい、ごめんなさい」と口早に言いながら走り去ることもあります。または数秒前でも「え?何のこと?」ととぼけることも多いです(←後者は「嫌なことから逃げ出す」傾向が強い上で、取り合えず一方的に謝ったりとぼければ終了できるという経験学習を積み強化してしまった結果。多分)。

しかしそれで終了してしまったら「なぜ不利益が生じてしまったのか」理解をするチャンスを失うことになります。その為「間違った行動を繰り返す」のです。

しかし大人が何度も注意をする、友達から批判されるだけではなかなか行動は修正されません。なぜならADHDの特徴には「自分の思考を内・外からの干渉から抑制できない」のです。他人がどうこう言ったところで、自分の行動パターンを簡単に変えることはできません。

しかし仕事で様子を見に園や施設等にお邪魔しますと、すべての注意に意味がないわけではないことが分かります。

とりわけ

大人「〇〇はやってはいけないことだよ」

子「だって自分は△△したかったから」

大人「君の気持ちは分かるよ(行動を見りゃ誰だって分かるし)。でもみんなと一緒にやっていたのに、その行動はいいと思う?」

子「よくない」

大人「じゃあ本当はどうすれば良かったの?」

子「・・・◆◆すればよかった」

大人「みんなはあのあとどうしたの?」

子「もうヤダって遊ばなくなっちゃった」

大人「君はこれからみんなに何をした方が良いと思う?」

子「・・・・ごめんなさいって言う」

大人「そうだね。いま言ってらっしゃい」

という形で、共に直前の経験を振り返り「周囲の状況・様子はどうだったか」「自分は本来どうすべきだったか」「これからどうすべきか」をお子さん自身が考え言語化し、行動を促す取り組みをその都度行うことは非常に有効だと、経験上強く思います。

しかし、「自分の行動の是非」までは答えられても「自分はどうすべきだったか」「これからどうすべきかよいか」についてはなかなか口に出来ないお子さんもいます。

これにはほとんどのお子さんが、返答を待っているとなんとか答えてくれます。しかしその後、泣いたり怒ったりする等不満を顕わにし一時的に感情が不安定になることが多いです。

ここに、ADHDの自分自身の現実的なちょっとした課題に向き合い、情動・行動をコントロールすることの難しさが伺えます。

それを理解した上であくまでも冷静に、お子さんの言語化・行動化を促しましょう。

情動や感情を中心に記憶しているお子さんも、これにより少しずつ「あの時の自分の言葉」「あの時の行動」も一緒に記憶するようになります。

注意すべきは、しばらくたってから行おうとするとその出来事自体を「忘れた」と答え、振り返り自分で考える促しをかわそうとする、または情動優位である為出来事自体を本当に忘れてしまっているお子さんも多いことです。時間を置かずに行うことは大事なポイントです。

その上で我慢値の低い活動に取り組みながら「情動を堪える」練習をすると良いでしょう。

この点について、分かりやすい説明がありましたので⇓⇓⇓に引用します。

感情のコントロールこそ最重要課題
 AD/HDの子や人たちは、自分の感情やモチベーションを一定に保つことが難しいとされています。この感情のコントロール訓練ですが、「気づかせ」「言語化」「具体化」の三つが大切とされています。
 「気づかせ」とは、本人が示す、そのときの感情を取り上げることです。「言語化」は、気づかせた感情をことばで表すことです。そして「具体化」で、自分の感情の適切な表し方を教え、あわせて本人の自覚をうながします。
 たとえばSくんです。入場の際に他の子とトラブルがありました。ここでSくんへの、感情コントロール訓練の一例を示します。

 「ほら、いま」(気づかせ)  

 「Sくん、怒っているよね」(言語化)

 「そう、友だちがぶつかったの。だから怒っているのか。でも怒っていいのかな。相手はわざとじゃないって言っているよ」

 「怒るのと、許すのと、どっちがいいかな?」

 「許すんだね、そっちがいいよね」(具体化)



…ここでの重要なポイントは、理由の是非よりも、Sくんが自分で感情のコントロールができるのを重視することです。働きかけの目的は、安定的な感情へと導くことです。大人が理由の是非にとらわれると、先ほども述べましたが、子どもに振り回されてしまいます。

http://www.hattatsu.or.jp/senmon/adhd08.htmより引用

 

ADHDを持つ子へ大人がすべき対応

昨今、「子どもの気持ちに寄り添う」ブームですが、本人の気持ちに対して過度に大人が焦点を当てたり同調したり感情を合わせようとすると、周囲に対する気付きや理解を疎かにしてしまう可能性があります。また本人の気持ちに過度に焦点を当てようとして振り回されたり、結果的に大人が感情的になってぶつかり合おうものなら、もう色々無駄です。

反対に、ADHD傾向があるお子さんにとって「周囲に注意を向け、自分の感情をそこに添わせ、安定した行動をとる」練習は、必ずや将来の社会生活に役立つでしょう。

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これぞ「グッと堪える」!

もう一つ補足なのですが、グッと堪えてお母さんの様子に注目する赤ちゃんの動画を見つけたので載せておきます!(これは感動泣)


【超感動】聴覚障害者の赤ちゃんが、初めてママの声を聞いた心が温まる瞬間!Baby heard mather's voice

 

きちんと着席して勉強できるようになってもADHD、知的障がいの壁にはぶつかる

1番っ子は幼稚園ではウロウロして授業脱走の常習犯でした。小学校でも落ち着きなく動き回るだろうと予想していましたが、入学してからはきちんと着席して普通級の授業にも参加していました。これには当時の支援級の担任の先生や普通級の先生も驚いていました。

これは多分、当時の1番っ子に「みんなと同じようにできるようになりたい」という強い気持ちがあったからだと思います。

脱走癖があり先生やお友達からしょっちゅう注意され幼稚園で一緒にお友達と楽しく遊べないことが何度もあった経験から、1番っ子なりに「みんなと同じ」にどうやったらなれるか考えた結果なのでしょう。

幼いながらも経験から本人なりに考えて、、、、よく頑張ったと思います。

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「みんなと一緒の教室で授業を受けるためには勉強も頑張らなきゃね」と、おかげさまで牛歩ではありましたが家庭学習をする経験も少しずつ積むことが出来ました。最初の頃は我慢値の低さに重きを置き、2~3日おき・3分くらいで出来る学習から始めました。拒否したり抵抗したり、「やった」と嘘をついたり、こっそり答えを覗き見したのがバレて怒られたり、紆余曲折はありましたがコツコツやり続けました。そして6年経った現在は自宅でも宿題の有無や休日など関係なく毎日30~40分くらいは勉強しています。

ところで最近、自宅学習の際に1番っ子の学習を支援していてふと気づいたんです。

「勉強にきちんと取り組んでいるように見えても、ADHD症状が解答やちょっとした態度に現れている」と。

どういうことかというと、最初に述べたイージーミスをしょっちゅうするんですよ。突っ込みたくなるくらいこれでもかと。

国語では漢字が一画多かったり、長文読解で「どこにそんなこと書いてあるんだい」と聞きたくなるような答えを選択したり。

算数なんかもっと顕著ですよ。考え方は合っていて筆算すれば正解するであろう簡単な問題も無理やり暗算して計算ミスしたり、小数点のかけ算・わり算をすると小数点の位置が一コずれていたり・・・。小数点がいくつ移動するかは口頭では答えられるんですけど実際取り組むと「×10」とか「×100」みたいな単純な問題でもずれます。円の面積を求める問題では、公式は分かっているのであとは図形に明記されている半径の数字を当てはめて計算すればいいだけなのに、何故か同ページの他の図形の半径を当てはめて計算し、全然違う答えを出しているし。

教えているこちらとしては「ねぇ、ちゃんと見てるの?」と聞きたくなります。

また普段口数が少ない方なのに、学習を始めると自分の趣味や好きなアニメについて話し始めて、問題を見ようとしないのです。

これは目の前の面倒くさい現実から、咄嗟に注意を逸らそうとしているのでしょう。

「その話はあとで聞くから、いまは勉強しちゃいなよ」と声を掛けると取り掛かります。

で、終わってから「さっきの話はなんだっけ?」と聞くと、「ん~、忘れた」と答えながら片付けてソファにごろんと転がっているんですよ。

面倒くさい現実が終了すると、一生懸命話そうとしていた内容なんて別にどうでもよくなるみたいです。

これこそがADHD、ひいては知的障がいの真骨頂(?!)と言える症状なのです。

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どういうことかというとADHDって、この「ちゃんと見る・注目する・固視する(サッカード眼球運動、又は衝動性眼球運動)」が苦手なんです。

注意欠陥多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の子どもと定型発達児との比較対照実験において、ADHDの子どもは目の速い動き(サッカード眼球運動)を制御する脳機能に異常があることを発見しました。この結果は、ADHDの子どもが固視点を集中して凝視することが苦手な理由として、随意性に注視活動を保持する経路または機能に何らかの異常があることを示唆します。

https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2015/20150528_1

小学校入学時からコツコツと、なんとか頑張って勉強の習慣付けをしてきました。

しかし難易度が上がれば上がる程「一つの問題に集中・注目して、考える」という、解く行為自体に「限界」という名の壁が立ちはだかりました(1番っ子の場合、軽度知的障がいの影響も大きいのでしょう。知的障がいもADHD同様、集中や注意を向けることが苦手という特徴があります。知的障がいは理解力も低いので余計ややこしいです)。

この壁は学習だけでなく何気ない日常生活中や将来の進学・就労に関わり、人生のいたるところで立ちはだかるであろうことは容易に想像出来ました。

 

注意力向上のためのトレーニングと活動をしよう!

そこでこの課題をもって「限界まで来た」と解釈し終了するのではなく、解決するために「見る力」を上げようと考たのです。

すると色々調べた結果、幼少期からの楽しい家族団らんがとても有効であることが分かりました。

 軽度の衝動性・追従性眼球運動障害は、ビジョントレーニングで早期の改善が見られるため、発達障害というよりは発達遅延と解釈するべきと思われる。保護者や学校現場では、運動神経がない、不器用であるとしてとらえてあきらめていることが多く、眼科健診での指摘がなければそのままであったであろうと思われる。
 近年、幼児期の遊びは安全性重視になり、ブランコやシーソー、回転遊具などが公園から無くなった。さらに、親が忙しいために屋内でゲームなどでの遊びが増え、屋外で全身を使う遊びやアナログ的なゲーム遊びが減ってきていることと関係があるように感じられる。全身を使って遊んで、平衡感覚を養うことは衝動性・追従性眼球運動の発達に少なからず役立っているはずである。また、いわゆる知育玩具、積み木やパズル、トランプ、ゲームなどは形態覚・空間認知の発達に寄与していると思われる。
 発達障害と診断されている児童や支援学級在籍児だけでなく、普通学級にも本疾患が疑われる児童が1.78%いた。これらの児童は、適切な診断がされていないため、なんら支援されることなく学習や運動に問題をきたしていたことがわかった。

http://www.kumamoto.med.or.jp/school-43/img/program/05_09.pdf#search='%E6%B3%A8%E6%84%8F%E6%AC%A0%E9%99%A5+%E7%9C%BC%E7%90%83%E9%81%8B%E5%8B%95'

要は、「もっと外で身体を使って楽しみましょう」「室内でも色々なおもちゃで遊びましょう」「様々な物を見て、触れ、感じ、体験しましょう」⇒「さすれば発達障がいと思われがちな発達の遅れに、改善が見られる可能性がある」ということなんです。

本来は「家族でする」という形にこだわる必要はないのですがADHDのように社会性に困難を抱えるお子さんの場合は、まずは「家族」という社会の最小単位から行動を学んだ方が事故やトラブルを回避しやすく安全・安心です。

いまの時代、スマホやテレビゲームから完全に離れて暮らすことは不可能です。注視が苦手なお子さんも何故かゲーム画面には素晴らしい集中力を発揮して見つめることが出来ます。その魅力は驚異的なものです。

しかし何事もやり過ぎは禁物です。日常的に他のものの為にちょっと時間を作り、スマホやテレビゲーム等の画面以外にももっと目を向けましょう。

それにより眼球運動の能力や視覚的認知機能が向上し、「見る力」の底上げを図ることが出来るのです。

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「え?ここまで勉強の話をしていたのに遊び?!」と思われるかもしれませんが、遊びはそれ自体に様々な学びの要素があり多くの可能性を秘めています。体力もつきます。「楽しい」「悔しい」など様々な感情を味わえます。目まぐるしく湧き上がる感情・情動の中でそれをコントロールし、「どう行動することが良いのか」考えるチャンスを少しでも多く持てます。その上で楽しみながらトレーニングが出来るなんて一石何鳥なんでしょう!!

とは言いつつも、子どもが自分一人で意識してこれに取り組むことはできません。

幼少期からこれを適切に誘導できるのは、一緒に生活している大人=保護者だけです。

更に言うと、子どものうちから種類にとらわれず様々な楽しみを持つことも重要です。

 子どもの非構造化された活動,いわば自由な活動の量が,実行機能の課題の成績と相関することが示されている。ここでの非構造化された活動と,構造化された活動であるピアノのレッスンやサッカーの練習の時間と対置されたものであり,一人での自由遊びや自発的なピアノの練習などを含む。自由に遊ぶ時間の長さが,自ら課題の始まりと終わりを決めることのできる実行機能課題 (言語流暢性検査など) の課題の成績を予測することが示された。この研究は実行機能への介入研究ではないが,子ども自身がつくりだす自由な活動が,ある種の実行機能を鍛える可能性を示している。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/58/1/58_77/_pdf

つまり幼少期から安全かつ安心できる環境で、様々な物を見て、触れ、楽しく自由に遊んだ経験を多く持つお子さんほど「見る力」と実行機能能力を向上させることが可能であるということなのです。

私がこのブログ内で「障がいを持つ子も家族と楽しくお出掛けしましょう!」としつこく勧めているのは、こういう理由なのです。

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最後に

⇓⇓⇓の動画は、色覚障がいを持つ方が補正眼鏡をかけて世の中を見たときの反応を記録したものです。

発達障がいや知的障がいを持つ人たちもこの動画の方たちと同じように「みんなと違う何か」を持ち、自分自身に違和感を感じています。

1番っ子も正体が見えない「それ」に苦しみ、一年生の頃は下校後に部屋で一人泣いていました。

多動や衝動性症状は成長と共にそれなりに和らぎました。

と言うか、多動が見られることはもうありません。

しかし「注意力・集中力の欠如」は、ADHDのように「部分的」ではなく知的障がい児のように「全体的」に見られるようになりました。

これは能力が低下したのではなく、成長と共に社会広がったためでしょう。

やるべきことが増え、当然出来るものとして求められるもののレベルが上がったからなのだと思います。

みんなが成長と共に自然と判断・行動出来るようになることに、知的障がい児ゆえの大きな壁が立ちはだかり始めてきました。つまり知的障がいって、頑張ってある程度勉強についていけたとしてもそれで上手くいくわけではないんですね。これからも様々な困難に遭遇しそうだし、そこにADHDの症状が時々加わるというややこしい現象が起きてくるでしょう。

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これから中学生。いっぱい自分に違和感を感じ、また人知れず部屋で一人苦悩するのかもしれません。

それでもこれまで色々ありましたが、1番っ子はいまも社会の中で精一杯踏ん張って生活しているのです。あの子は私の誇りです。これからもずっとずっと応援するし、影ながら支えていきます。

この補整眼鏡のように「みんなと違うもの」の正体は何だったのか、「みんなと同じもの」はどんなものなのかだけでも、あの子自身が知ることが出来る道具があればいいのにな。


【感動】生まれて初めて色を見た時の反応『花は美しい』【日本語字幕付き】

 

おまけ(ほんとに最後)

本文中では「見る力」や実行機能能力に様々な体験や遊びが重要であると書きましたが、それと同時にやはり学習する習慣も大事だと私は考えています。

そもそもADHDのお子さんは、その特性から継続した努力が必要とされる「勉強」が苦手です。そのため学習に取り掛かると、考えるよりも早く「分からない」と開始直後に答えることが多いです。「自分で考える」という行為自体に拒否反応を示すこともあります。

小学校低学年の問題は簡単なものが多い為、ほとんどのお子さんにとって低い我慢値で取り組みやすいです。しかし学年が上がるにつれ難易度も我慢値も上がります。それは学習以外の日常生活でも同様です。

学習以外の場面でも

子「いま何時?あと何分したら〇〇やるの?」 

大人「時計を見て自分で考えてごらん」

子「考えたくないから、じゃあいい」

みたいな会話を訪問業務中よく耳にします。

この記事を読まれている方の中には身に覚えがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

日々の学習はこの「自分で考える」という苦手な行為への挑戦であり、「まずは考えてみる」プロセスへの訓練にもなります。

とは言っても考えること自体を無意識に拒否したり更にはそれが習慣化していることも考えられるので、最初はその反応すら生じないくらい難易度が低い=我慢値が低い問題を揃える必要があります。

簡単な問題でも日々取り組めば、それは立派な成功体験の蓄積となります。

成功体験の蓄積に成功すればADHD症状のある子も伸びるし、症状自体の軽減にもつながります!

1番っ子は通信教育のデキタスや様々なドリルに取り組み成功体験を積むことが出来ました。

興味がある方はそちらに関する記事もご覧ください。

www.mosikasitara-iina.work

www.mosikasitara-iina.workwww.mosikasitara-iina.work

今日も読んでいただきありがとうございました。